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内定取り消しは「法律問題」で終わらない。会社が知るべきリ法的リスクと組織不信の構造

社会保険労務士の正岡です。

西宮市で労務相談やコーチングの観点を用いた人材開発・組織開発研修を行なっています。

厚生労働省が2026年8月28日に公表した資料によれば、2026年3月卒の新卒者に対する採用内定取消しは29事業所・80人。前年の21事業所・34人から、人数で2.4倍に増えています。

絶対数は少ないですが、伸び率で言うと、大きく増えていますね。

今日はこの観点で

  • 内定取り消しの法的リスク
  • 内定取り消しと組織の信頼感

についてまとめます。

【このページで獲得できること】

  • 「まだ入社してないから大丈夫」と思って内定取り消しすることが非常に危険であること
  • 採用に限らず、事業計画などさまざまな計画に透明性を保つことの重要性

採用内定の取り消しについて

採用内定の取り消しとは、読んで字の如く
「内定」を出した求職者に対し、内定を取り消すことを言います。

内定とは、採用の文脈では以下のとおりです。

求職者が企業から採用通知を受け取り、それに対して求職者が入社承諾書を提出するまでの行為を経た状態。


類似する言葉に「内々定」があります。
内々定とは次の状態を指します。

「〇〇時点で内定を出す」という口頭での約束状態

どのフェーズの人に対して、どのようなアプローチをするかでその後のリスクが大きく異なります。


内定の法的拘束力について

採用段階において、いつ労働契約は成立する?

話が少しそれますが、一点質問です。

「契約」とはいつどうなると発生するのでしょうか?

民法では下記のように定めています。

【民法522条1項】
(契約の成立と方式)
第五百二十二条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。

つまり、文書を交わすかどうかは論点ではなく、申し入れに対し双方合意した状態であれば契約は成立したと言えます。

これを踏まえた上で採用場面で考えた時、どのタイミングで労働契約は成立したといえるでしょうか?

内定とは、企業から見ると「あなたを採用します」という通知を出すことです。そして、入社承諾書を持って求職者は採用に合意する。

つまり、この時点で労働契約は成立したと言えます。

会社の立場で考えると・・・始期付解約権留保付労働契約の成立

一方で、会社の目線で考えるとどうでしょう?

面接時では知り得なかった求職者の情報を手にすると、内定通知という判断にも影響を与えます。

このようなことが論点になった判例が「大日本印刷事件」です。

要約すると以下の通り。

合理的な理由のない内定取消を解雇権の濫用として無効と判示した最高裁判決です。内定取消が認められるのは、採用決定時に知り得ず、客観的・合理的な理由があり社会通念上相当とされる場合に限られると示しました。これにより内定者の法的地位が保護され、以後の日本における企業の採用・内定取消の実務基準に決定的な影響を与えました。

言い換えると

  • 採用決定時に知り得ない情報(面接時に知っていたら採用しなかったであろう情報)
  • 客観的合理的な理由があり
  • 社会通念上相当な理由がある

場合は、内定時に成立した労働契約を例外的に解除できるとジャッジしました。

このように、

  • 内定から入社まで一定期間がある(始期付)
  • 入社までにやむを得ない事由により内定取り消しができる(解約権留保付)=条件付きの労働契約

を始期付解約権留保付労働契約と言います。

客観的合理的な理由があり、社会通念上相当な理由があることの基準は時と場合によって異なりますが、たとえば経歴詐称や健康状態の虚偽報告があげられます。(ただし、その時の場面によって異なるので、一概に経歴詐称がアウトとは言い切れない)

つまり、「自分たちからすると内定取り消しして然るべき理由だと言えても、世の中で一般的には「それはないだろ」とジャッジされた場合、裁判でも負ける可能性が高い=内定取り消しは認められにくい」
と言えます。

内定取り消しが生じるような場合は、大抵冷静な判断ができないケースが多いと思いますが、一度立ち止まって考えないと後で大きな損失を生みやすい選択になります。

踏まえた上で内定取り消しの数字を確認する

内定取り消しのリスクを踏まえた上で、本題です。

公表された内容を整理します。

採用内定取り消し入社時期繰り下げ
2025年3月卒21事業所・34人2事業所・93人
2026年3月卒29事業所・80人2事業所・2人

この資料から確認できるのは件数と人数であって、それぞれの企業がなぜ撤回に至ったのかまでは、この公表内容からは読み取れません。
そのため今回は理由を推測して書くのではなく、件数が動いたという事実そのものを中心に扱います。

内定取り消しは資金繰りの結果ではなく、設計の結果

内定取消しは、多くの場合「業績が悪化したから」という言葉で説明されます。これは説明としては通っていますが、起こっている「問題」と言えます。

内定取り消しに対する本当の「課題」は何でしょうか?

もちろん個別事情あるかと思いますが、考えられる一つの理由は人員配置の見込みが想定しきれなかったことだと考えられます。

採用という行為は大きく分けると

  • 事業のGOAL(売り上げ目標)に対する適切な人員配置を算出し、不足分を補う(増員)
  • GOAL状態に対する人員配置がなされているが、イレギュラー(離職・休職など)により不足分を補う(欠員補充)

のいずれかです。

つまり、内定取り消しが生じる=GOALに対する人員配置が想定とずれていること。

もちろん、計画と実績がずれることはよくあることですが、ずれることを想定できているかどうかは別です。

このような課題は、採用計画が事業計画のどの数字にも紐づいていない状態で走っていたときに起きます。

売上がいくらになれば何人必要なのか。
その人員が生む粗利はいくらを想定しているのか。
どの水準まで下振れしたら計画を止めるのか。

この接続がないまま「今年は多めに採ろう」と決めた採用計画は、事業の現実から乖離して一人歩きしていきます。

意味目的のない行動は、ただの作業になります。採用も同じです。何人採るかという数字だけが先に決まり、なぜその人数なのかが接続されていないとき、その数字はいつでも撤回され、人の人生に影響を与えかねない選択になります。

【社員側の目線】施策よりも約束が履行された方が大事

内定取消しが起きたとき、直接の当事者は取り消された本人です。

法的なリスクも、報道されたときの評判の毀損も、本人と会社にフォーカスされます。

ですが、内定取り消しに対して、今後潜在的にリスクになり得るのは社内に残った人たちの感情です。

撤回の一件は、必ず社内に伝わります。
人事が漏らすかもしれません。この手の噂話ってすぐ広がりますよね。

内定取り消しと内定辞退は全く意味が異なります。
内定辞退は重たくなくても、内定取り消しは重たいです。

そして社員に内定取り消しが伝わった瞬間、
「この会社の言うことは、状況次第で変わる」という認知ができます。

このような事実の積み重ねにより、認知が固定されると、そのあとに会社が何を言っても、受け取られ方が変わります。

  • 来期は評価制度を変える
  • 研修に投資する
  • 新規事業を立ち上げる

どれも本気で言っているのに、聞いている側には
「また状況次第だろう」というフィルターがかかる。

組織に対する信頼性の怖さです。

エンゲージメントサーベイのスコアを上げようとして施策を打つ会社は多いですよね。
ただ、スコアより先に効いている変数があります。

「この会社は、言ったことをやる会社か」という問いです。
約束の履行率、と呼べます。

履行率が低い組織では、どんな施策も割り引かれて受け取られます。逆に履行率が高い組織では、小さな施策でも額面通りに受け取られる。同じ予算をかけても、効き方がまったく違う。

会社への信頼感を失うと、いくらGOALに対する変更であったとしても、全く受け取ってもらえません。
私が勤務していた会社もそうでした。

朝令暮改を繰り返すうちに目標に対して進んでいる感覚を社員のみんなが失っていき、いつの間にか一人二人を退職していきました。

閉塞感や、メンバーの力を奪うネガティブな言葉が少しずつ広がっていったことを覚えています。

撤回が避けられないなら分岐点はどこに?

とはいえ、決めたことを撤回することがどうしても避けられない局面はあります。理想を語るだけでは経営は動かないですから。

そのとき、分岐点はどこにあるか。撤回するかしないかではありません。撤回をどの順番で、どの言葉で、どの粒度で、いつ伝えるかにあります。

どれだけ正しい判断でも、出し方を誤れば関係性が壊れる。

逆に、痛みを伴う判断であっても、順番と言葉が設計されていれば、信頼は保たれることがあります。

具体的には三つです。

  • 当事者に先に伝えること。
    • 社内に先に流れて本人が後から知る形は、それだけで約束の軽さを証明してしまう。
  • 判断の根拠を数字で示すこと。
    • 「厳しいので」ではなく、何がどこまで下振れしたから止めたのかを言う。
  • 代替として何をするかを同時に出すこと。
    • 補償か、再雇用の枠か、他社への紹介か。何もないなら、ないと言い切る。

このような話を聞いて、こう思う人もいるかもしれません。

「いやいや、社員にはそんな細かいところまで話せないよ」

この認知はすぐに書き換えるべきです。

「社員を本当の意味で信用していない」という認知がこの現実を作ってきているのであれば、今日この瞬間から少しずつ変えないと同じことが起こります。

つまり、社内に対しても、同じ根拠を同じ粒度で共有する。
ここを曖昧にすると、社員は自分の身に置き換えて最悪の想像を始めます。

正しさは、実装されて初めて価値になります。
撤回という判断の正しさも、伝え方まで含めて設計されて初めて、
組織を壊さずに済みます。

理想起点ではどうなる?

一点問いです。

社員が毎週、「月曜日が本当に楽しみでたまらない!」と3年後に言っている時、

社員や会社はどのような空気感で仕事をしているでしょうか?

さまざまな観点が考えられますが、ここでお伝えをしたいのは透明性です。

自分たちはどこを目指していて、
そのための計画がどうなっていて、
計画から外れそうな時にどのように修正したのか、
何のための修正なのかが組織の末端まで伝わっていると強いです。

組織=共通の目的を目指して集まった存在

集団=多くの人が集まった存在

皆さんの組織は組織でしょうか?
(前提、組織にすることが本当に難しいので、組織になっていたら本当にすごいです)

同じ目的を目指すのに情報の粒度が異なっていると進むべき道がちょっとずつずれてきそうな気がしませんか?

まとめ

採用内定の取り消しから組織の信頼感、透明性までたくさん脱線してきましたが、今回の記事で最も伝えたかったことは、

労務は事業計画や人事の計画と密接に結びついた出口であるということ。

労務とは「事業や組織を変革するために必要な「正確なデータ」を取得することで社員のキャリアライフを最も幸福に導く最短最速の道のり」と私は定義づけています。

多くの労務トラブルは人事施策や事業に密接に紐づくため、
対処療法ではなく原因療法が必要です。

もし労務にお困りごとがありましたら、お問い合わせページからお問い合わせください。